平林悠ブログ
大垣城の当時の城主・伊藤盛宗が西軍であったことから、石田三成が大垣城に入り、西軍の拠点となりました。
その後石田三成が本陣と関ヶ原に移動、福原長堯が留守を預かりますが、西軍敗北と共に大垣城も東軍に囲まれ攻め落とされます。
当時の建物は破壊や空襲による焼失でなくなっていますが、観光復元され2011年の改修工事で当時の姿に近く再現されています。
東軍の攻撃の際、大垣城に籠城していた雑兵の娘である“おあむ様”が落城当時の様子を語り伝えた「おあむ物語」。敵の首を恩賞のため、綺麗に見栄え良く化粧しお歯黒を施すことが女子の役目だったこと、目の前で弟が敵の鉄砲の玉で殺されたこと等が記され、落城当時の様子がよくわかります。平林悠

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